Ecole de français du Kansai -Traduction, Interprétariat, Guide-
はじめに
やっぱりフランス旅は
いきなり面白い
ブルトン
またはケルトの国
メガリス Megalithes
ブルターニュ公国の古都
小さな海 
―mor bihan―
メガリス研究発祥の地
地の果て Finistère
ブルトンの村・建築
ブルターニュの最深部
―フィニステール北岸―
谷の町モルレー Morlaix
パリに戻ってさらに考えてみた
やっぱりフランス旅はいきなり面白い

 パリに着いた日はモンパルナス駅の近くで一泊した。“旅立ちホテル”Hotel du Departという縁起のいい名の古びた小さな二つ星ホテルである。フロントで名前を言って予約してあるとフランス語で言ってみたら通じてしまって、とたんに嬉しくなったところがやはり俗物だ。部屋は、東京あたりのビジネスホテルより落ちるかな。
 この日のうちにヴァンヌ行きのTGVの切符を買うつもりだったのだが、シャルルドゴール空港でリムジンバスが2台ぐらい飛んでしまい、2時間以上待たされたため、駅へ行ったら前売りの窓口はもう閉まっていた。このとき当日売りの窓口で一人のおばさんが切符を買おうとして、駅員から満席だとか、おばさんの持っている古い時刻表の列車はもうないとか言われながら、うだうだぐずぐず長時間粘っていた。後ろに並んでいる人たちが文句も言わずに待っているのを見て、さすがはキリスト教国だと感心したのだが、とうとう一人のおやじが「俺の最終列車に間に合わなくなっちまうから後回しにしろ」みたいなことを言って怒り出したので、キリスト教徒の我慢にも限界があるんだと可笑しくなってしまった。駅員もこのおやじの剣幕が助け舟だったみたいで、おばさんを無視して「はい、次の方どうぞ」だと。

 駅から出てみると、ものすごい数の若者たちがローラースケートで走っている。本当にどこから湧いてくるのかと思うような数で、警備の警官も大勢出ていた。何らかの政治的示威行動かと思ったのだが、後で調べてみたら、健康オタクたちの間でローラースケートが流行っていて、定期的に街中を走り回るイベントをしているんだそうだ。
印象的だったのは、われわれの横で見物していたファッション誌から抜け出たようなおしゃれなパリジェンヌが、パリ名物の「犬の落し物」(それも特大のだ)をふんづけて「オララー」と悲鳴を上げたのだが、その瞬間一緒にいたお仲間のパリジェンヌたちが顔をしかめて2・3歩引いたことだ。そのうすら笑いの混じったしかめっ面がどう見ても「だっさあー」とか「ちょーきもーい」とか言っている頭空っぽの小娘のような顔だった。やっぱりパリの人間は好きになれん。

 空港でバスを待っている間に収穫もあった。一緒にバスを待っていた中年の夫婦がイタリア人でやたら明るい。おかみさんがブルターニュの出身だとかで、つれあいのフランス語が通じ、話が弾んだ。自分たちも明日ヴァンヌまで行くという。同じ列車だったらいいねだとか、イタリアはどこでもフランス語が通じるし、気候はいいし、おいしいものがいっぱいあるし、みんな私みたいにいい人ばかりだし、ぜひイタリアにいらっしゃいなんて脳天気にしゃべりまくっていた。あんまりバスが遅いのでこの夫婦をタクシーに相乗りしないかと誘ったら、荷物料金を入れたらバスより高くなるからと断られてしまった。イタリア人はものすごくおおらかなのかと思ったが、案外財布の紐は固いんだ。

 このイタリア人のせいか夕食はパスタが食べたくなり、ホテル近くのパスタ屋へ出かけた。店内はにぎやかなイタリア人客でいっぱいで、これは、と期待したのだが、パスタはアル・デンテとは程遠いぽそぽそでがっかりした。面白かったのは店員が「ホットソースを使うか?」(オット・ソースと発音したからこいつイタリア人に化けたフランス人だ)と聞いてきたことだ。パスタやピッツァにタバスコをかけるのは日本で生まれた習慣らしいと聞いていたので、どうやら日本人向けのサービスなのだろう。イタリア人の客たちのテーブルにはホットソースはなかった。それでも出てきたソースは既製品ではなく、ヴィネガーに唐辛子と各種香辛料を浸した手作りのものだったのは感心した。

 翌朝は早めにチェックアウトして駅に向かった。実はフランス語で切符を買う練習をしてきたので、いよいよそれが試されるときがきたのだ。つれあいは「私は口出しせずに横で見てるからね」なんて言うし、少々緊張しながら「8時5分発のTGV8711でヴァンヌまで、2等2枚ください。喫煙席でお願いします。」というせりふを案外すらすらと言えたときには、思わず心の中で小さなガッツポーズをとった。ところがだよ、間髪いれずに(にこりともせずに)「満席です」という予測していなかった答えが返ってきたのよ。で、ぐっと詰まったものの「私は昼までにヴァンヌに着きたい」と頭の中でフランス語に訳していたら、目が宙を泳いでたんだろうねえ。こちとらがパニックになったと勘違いした我慢のないつれあいが横からその通りのことを言いおった。
 結果的には在来線TERとTGVの乗り継ぎ切符を無事に買えたのだが、なんだかちょっと成長の芽を摘まれた感じかな?

 TERの中で楽しいことがあった。斜め向かいの席に二人の子供をつれた若い夫婦が乗り合わせたのだが、2歳ぐらいのまだおしゃぶりをくわえた女の子が物珍しそうにわれわれの顔をのぞきに来る。ブロンドの巻き毛とくりくりした目のとても愛嬌のある子だったので「かわいいね」とか話しかけていたら、その子が「こちらがパパのフィリップでこちらがママのジャンヌよ」(おしゃぶりくわえてるのにちゃんとフランス語だ!)と両親を紹介してくれた。若い夫婦もにっこり笑って挨拶をしてくれたのだが、そのあとだ。席に戻った女の子を母親が「パパとママをちゃんと紹介できてあなたはとてもいい子ね」と抱きしめながらほめていた。うーん、日本だったらどうだろう。相手が外国人だったら愛想笑いぐらいはするかもしれん。しかし子供に対しては「知らない人とお話しちゃだめでしょ」と叱るのが普通ではないだろうか。今の日本ではそれが当たり前のしつけにならざるを得ない現実もあって、なんだか情けない気持ちになったのだが、それよりなにより、フランス人の社交性は幼いころからこうやって育つんだということに気付かされて驚いた。大げさに言えばこれも異文化理解だな。