Ecole de français du Kansai -Traduction, Interprétariat, Guide-
 
 
 
 
終わりのない戦い
パズルがはまる
「自分なり」の危うさ
地獄も見ます
心臓に毛が生える!!
うんと悩んで「語楽」へと
フランス語との馴れ初め
和訳を超える翻訳へ
フランス語大好き
飽きない飽きさせない

うんと悩んで語楽へと


わたしにとって翻訳は、語学ではなく「語楽」です。「音楽」が、楽譜を読み解き奏でることで、楽曲が内包する感情を具現、共有するための表現であるとすれば、「語楽」は、文章を読み解くことで、その意図される内容を、読み手の言葉に照らして伝えることなのです。
そして、演奏や翻訳が、ただ譜面(文章)を音(別の言語)に置き換えるだけの作業ではないということにこそ、「音楽」や「語楽」の醍醐味があると思っています。
すばらしい演奏家たる条件のひとつに、楽曲の内容や作曲家について、また、作曲家の生きた時代やその曲がつくられた背景をきちんと理解して、曲を奏でているということが挙げられます。
翻訳も然り。本物の翻訳とは、原文の書かれた意図、ひいてはその言語の背景にある文化を理解して初めて成立するのです。

このクラスでは、翻訳の小手先のテクニックを学ぶのではなく、文章ときちんと対峙することで、テキストの意味のみならず、言語そのものに対する理解を深めることができるように思います。
どうしてこのような言い回しがされているのか?どのような視点で書かれた文章なのか?フランス文化と日本文化の違い、表現の違いは何なのか?
そうして、(うんと悩んで!)突き詰めて考えることで、実にさまざまなことを学ぶことができるのです。

また、仏語と日本語という二言語のフィルターにかける(つまり二重濾過する)ことで、「なんとなくわかった」という、あやふやな読解度が露呈し、打ちのめされることも、しばしば。こんなにつらい思いをしてまで、この文章を訳して何になる?と思うことも多々ありますが、カチッと訳がはまった時の爽快感は、たまりません。
翻訳を通じて、自分とは異なる視点や尺度で物事を捉える力を身につけることは、時に異国の文化であったり、他者への理解に通じます。
そして、その先にこそ、心の通う通訳や、美しい翻訳があるのだと思います。

わたしにとって「語楽」は、「ごがく」であり、「ごらく(娯楽)」になるには、まだまだ乗り越えなくてはいけない山がたくさんありますが、このクラスでは、経験豊富な先生と、それぞれに目的意識の高い受講者のみなさんのおかげで、たのしく山登りができています。


仏→日 逐次通訳と翻訳(上級)クラス受講生