Ecole de français du Kansai -Traduction, Interprétariat, Guide-
Ⅰ. ガリア・ローマへ(2007)
はじめに
旅のはじめでいきなりつまずいた
地中海世界
ローマ属州
ガリア・ナルボネンシスの玄関 ―マルセイユからサン・レミへ―(1~3)
写真
天空の城と石の家
ラヴェンダー畑に建つセナンク修道院
ワイン街道をヴェゾンへ
オランジュ ―ローマが息づく街―
山上の砦
ユゼスからポン・デュ・ガール
ガリア・ナルボネンシス最初の植民都市
聖地への道の起点 ―サン・ジル―
ローマ、聖地、そしてゴッホ
港町マルセイユ
Ⅱ. 拡大するガリア・ローマ(2010)
Ⅲ. 三たびガリア・ローマへ(2016)
旅の終わりに
あとがき
 オランジュ ―ローマが息づく街―

 アヴィニョンに通じる県道20号のまわりは延々とブドウ畑が続いている。見学したり試飲したりできるワイナリーもたくさんあるのだが、今日は日曜日だしどこもやってないだろうな、スーパーならあいてるだろうからどこかでローヌのワインを買いたいなあなんてぼんやり考えていたら、ラストー村に入ったところで「VIN -DEGUSTATION-(ワイン テイステイング)」とでかでかと書いてある立派な建物に出くわし、駐車場に何台も車が止まっていたので迷わずハンドルを切った。ラストーと言えばローヌの中で最近とみに評価が上がっている産地だ。酒飲みの願いは天に通じるもので、うれしいことに営業している。この店、ワイナリーではなくラストー村ワイン生産組合のアンテナショップだ。店に入るとラスト―中のワインがそろっていて、結構な数の客が次々に試飲しながら気に入ったワインを買っていく。遠方から休日を利用してくる人も多いらしく、6本、12本とケースで買う人も少なくない。値段も6ユーロからせいぜい30ユーロどまりと良心的である。さっそく試飲をということでお薦めを聞くと「テーブルワインとして日常飲むならこれ、もう少しいいのがお望みなら今の一押しはこれよ」と、まず2種類グラスについでくれた。これが日本の観光地やデパートでよくやっている地酒や地ワインの試飲セールみたいにプラスチックのお猪口にほんのひとたらしみたいなけち臭さとは大違いで、ちゃんとしたワイングラスにたっぷり注いでくれる。こうでなきゃ色見もアロマやブーケを確かめることもできないし、大きく口に含んで空気を含ませてなんてこともできないからテイスティングの作法として当たり前なのだが、このまま飲んでたら酔っぱらってしまう。幸い味見したワインを吐き出すバケツも用意されていたのでこの後の運転には支障ないだろう。で、2杯目に試飲したラストーワイン生産組合50周年記念という2003年のヴィンテージが夕べ飲んだジゴンダスよりはるかにうまい。「おお、これにするわ」と言ったら試飲カウンターのお姉さん拍子抜けしたみたいで、「もっと味見したら?これもこれもお薦めよ」って言ってくれたのだが、「いや、君の一押しを信じるよ」ということで2本買った。そういえば周りにいた連中は馬鹿じゃないかと思うぐらい飲んでたな。このワイン1本13ユーロ、夕べのジゴンダスはホテルのレストランとはいえ25ユーロだったからものすごく得した気分だ。
 ラストーから向かうとオランジュOrange には北から入ることになる。国道7号線を南下するとオランジュの街の入り口で道が二股に分かれており、その真ん中に凱旋門Arc がそびえている。思わず「おおーっ」と声をあげてしまった。国道7号はローマ街道だったんだ。
 紀元20年ごろに建造されたこの凱旋門は、風化しているものの大変残りがいい。上の方にはカエサルのガリア平定やアウグストゥスのアクティウムの海戦の様子を描いた彫刻が施され、側面には鎖に繋がれたガリア人の悲しげな表情を読み取ることもできる。博物館にあった古い絵を見ると石材がかなり崩れ落ちていたらしいが、19世紀に修復されたものだ。これもナポレオン3世のもとで文化財管理官をしていたプロスペ・メリメProsper Mérimée の仕事だろう。
 凱旋門から南へ向かうと途中で道は途切れるが、ローマ時代には旧市街の中心サント・ウトロプの丘la colline Saint-Eutrope の西麓に出たはずだ。町中を東西に走るマドレーヌ・ロック通りrue Madeleine Roch に面して高い石積みの壁がそびえ立っているのが古代劇場Téâtre Antiqueだ。この舞台背面の高さ37mもある壁がほぼ完全に保存されていることが世界一残りがいいといわれるゆえんで、半円形の観客席もサント・ウトロプの丘の北斜面を利用しているため最上部まで残っている。壁にはきれいな色の大理石の円柱や様々な彫刻があり、高い位置の壁龕にはアウグストゥスの彫像まで立っていて見事なものだ。太陽王ルイ14世をして「わが王国で最も美しい壁」と言わしめたのもなるほどとうなずかされる。現在も修復工事が続けられているが、これも19世紀にプロスペ・メリメによってはじめられたものだ。
 ここでは今も演劇やコンサートが催されるため舞台には板が張られている。有名なのは1869年から毎年夏の夜に開催されるレ・コレジー・ドランジュles Chorégies d'Orange で、一流のアーティストも大勢出演するフランスで最も伝統ある音楽祭である。
 劇場の隣には今も発掘調査がつづけられている神殿の跡があり、ここも中に入って見学することができる。劇場の向かいは楽屋のあったところだが今は道路になっていて、広場に劇場で演じられた演目を題材にした現代彫刻が置かれている。道を挟んで博物館があり、神殿跡やオランジュ周辺から発掘された資料を展示している。特に大理石の彫刻や床のモザイクが素晴らしい。中でも生き生きとしたケンタウルスの彫刻には目を奪われた。
 夕食はローマ劇場近くの泉のある広場に面したブラッスリーで、連れ合いはアントルコート、こちとらは久しぶりに鴨を食った。鴨の付け合わせは温野菜なのだがどれもくちゃくちゃになるまで火を通してある。味は悪くないのだがもう少し歯ごたえを残してもいいんじゃないかなあ。