Ecole de français du Kansai -Traduction, Interprétariat, Guide-
Ⅲ. 三たびガリア・ローマへ(2016)
フランスの絶景 ―サント・ヴィクトワール山―
ローヌワイン街道と美しい村々
オークルの村 ―ルシヨン―
特別な白ワイン ―ボーム・ド・ヴニーズ―
ヴァケラスからジゴンダス
セギュレとサブレ
住人が育てるいいレストラン ―カヴァイヨンー
コロニア・アレラーテ再訪 ―交易都市再発見―
古代ローマの川船
ガリア・ローマの食品コンビナート
フランス最大の塩田地帯 ―カマルグ湿原―
カマルグの白い馬
マルセイユ ―ガリア・ローマの熱気―
旅の終わりに
Ⅰ. ガリア・ローマへ(2007)
Ⅱ. 拡大するガリア・ローマ(2010)
あとがき

 カマルグの白い馬

 カマルグ馬をすぐ近くで見てみたい、できればその白馬に乗ってみたい。3度目のプロヴァンス旅でどうしてもやりたかったことの一つがこれだ。旅の計画を立てているときにカマルグの乗馬クラブのホームページやガイドブックなどいろいろ調べたのだが、短時間の体験乗馬をやっているところが少なかったり、初心者にはカマルグ馬は乗りこなせないなどと書いてあったりして不安材料ばかりだった。なにしろ自分で手綱を持って馬に乗った経験は一度しかない。
 どうしたもんかいなあと思いつつ、4日目に古代アルル博物館へ行ったついでにオフィス・ドゥ・トゥーリズムに寄って、当たって砕けろでカマルグ馬に乗りたいんですって相談してみたら拍子抜けするほど簡単にサラン・ドゥ・ジローの乗馬クラブを紹介してくれて、電話で翌日の予約を入れたら即OKだった。
予約したドメーヌ・ドゥ・ラ・パリサードDomaine de la Palissade という乗馬クラブは、サラン・ドゥ・ジローの町からさらに6㎞ほど海のほうに下ったところにある。実は地図に載っている県道はサラン・ドゥ・ジローの町までで、その先も塩の運搬のための舗装道路はつながっているのだが、カーナビには空白地帯が広がっているだけだ。どこを走っているのかわからないまま電話で聞いた道端の看板を探してやっとたどり着いた。

 
乗馬クラブのオフィス カマルグ馬
出発前、こんなメンバーなら安心 塩地性植物が茂る湿原
          
カマルグ馬はカマルグ湿原特有のフランスの在来種で、サラブレッドより馬体は小さいが筋肉質で頑丈な骨格を持っており、泥地を素早く駆けたり、川や海を泳いだりする能力も持っている。仔馬のうちの毛色は黒か焦げ茶色で成長すると白馬に変身するが、白馬と言っても正確には葦毛である。そばで見ると逞しくて顔立ちがとてもいい。この馬を放牧したり馬を操ってカマルグ牛の放牧をしたりする伝統的職能集団の男たちがガルディアンgardian だ。
この馬少し小柄だと言ったが、短足デブのじいさんはまたがるのに一苦労した。でもお尻の大きなフランス人のおばさんは鞍につかまったきりどうにもならなくてガイドのガルディアンに力づくで押し上げられておったわ。そのガルディアンと目が合ったのだが、目だけ天を仰いで、唇がセニュールSeigneur ! (おお神よ!)と動いてた。そのあと各自に合わせてあぶみの高さを調節してくれたのだが、「この馬の名前はルアだからね」と教えてくれただけでなんの注意事項もなくいきなり出発した。
体験乗馬は一番短い1時間半のコースだった。ガイドの案内で湿地帯の中を巡り、途中小さな水路を跳び越えたり、トロットで走る場面があったりで初心者にはなかなかスリリングなものだが、ルアはとても人なれしていて優しかったから不安を感じることはなかった。足元はぬかるみで、一面に塩の結晶が浮いており、さまざまな塩地性植物の群落が広がっている。遠くには放牧中のカマルグ馬や野生のフラミンゴの群れを見ることもできた。

 
フラミンゴの群れ  サリコルヌ
                 
塩地性植物の中でサリコルヌsalicorne という草のことを少し書いておく。この草のことはプレサレに関連して以前から興味を持っていたのだが見たのは初めてで、知っている人は少ないんじゃないかと思う。こんもりした感じに茂る緑色の草で、近くに寄ってみると節のある円柱状の葉が角が生えたように枝分かれしている。サリコルヌはラテン語の「サリコルネウスsalicorneus (塩の角)」が語源だ。潮の干満で常に海水を被るような湿地に生育する塩地性植物の一種で、特に耐塩性が強い種だ。ヨーロッパやアジアの寒冷地帯に分布するので、カマルグのものは南限に近いものかもしれない。
ヨーロッパでは食用にもされていて、生のままやさっと茹でたものをサラダにしたりピクルスにして魚料理の付け合わせにしたりする。葉っぱをちぎって食べてみたが、シャリシャリした食感でまったくアクはなく、軽い酸味と淡い塩味のおいしい草だ。
プレサレagneau pré-salé というのはノルマンディーのモンサンミッシェルMont-Saint-Michel 周辺で放牧されている羊のことだ。フランスでも最大の干満差を持つモンサンミッシェルの潟にはサリコルヌが群生しており、羊はこの草を好んで食べるため肉にほんのりとした塩気が乗って特別な味になる。フランスではあらゆる肉の頂点に君臨しており食肉では数少ないAOP(AOC)を取得している。カマルグで放牧されている牛もカマルグ馬もやはりこの草を好んで食べるそうだ。
サリコルヌは日本にもわずかに分布していて和名はアッケシソウという。北海道の厚岸湖周辺の塩湿地で初めて確認されたからで、発見者は牧野富太郎博士である。ほかに岡山県でもわずかに自生していることが確認されているがかつては愛媛県や香川県の塩田地帯にも見られたそうで、秋になると紅葉するためサンゴ草と呼ばれることもある。近年DNAの比較研究の結果瀬戸内のものは朝鮮半島にルーツがあることが明らかにされている。現在日本に自生するサリコルヌは、環境省のレッドデータブックで「近い将来絶滅の危険性が高い種」に指定されているため採取することはできない。食用としては「シーアスパラガス」という商品名で瓶詰になったものがフランスなどから輸入されているようだ。