Ecole de français du Kansai -Traduction, Interprétariat, Guide-
Ⅲ. 三たびガリア・ローマへ(2016)
フランスの絶景 ―サント・ヴィクトワール山―
ローヌワイン街道と美しい村々
オークルの村 ―ルシヨン―
特別な白ワイン ―ボーム・ド・ヴニーズ―
ヴァケラスからジゴンダス
セギュレとサブレ
住人が育てるいいレストラン ―カヴァイヨンー
コロニア・アレラーテ再訪 ―交易都市再発見―
古代ローマの川船
ガリア・ローマの食品コンビナート
フランス最大の塩田地帯 ―カマルグ湿原―
カマルグの白い馬
マルセイユ ―ガリア・ローマの熱気―
旅の終わりに
Ⅰ. ガリア・ローマへ(2007)
Ⅱ. 拡大するガリア・ローマ(2010)
あとがき

 旅の終わりに

 これで3度に及ぶプロヴァンス旅も終わった。ローヌ川流域に広がるローマ属州ガリア・ナルボネンシスとガリア・ルグドゥネンシスの遺跡は、それほど有名でないところも含めてかなり広範囲に訪ねたことになる。
 3度の旅で見えてきたのは、ローマは圧倒的な軍事力でガリアに攻め込んだのだが、一定の地歩を築いた後はローマ市民権や武器の提供などをエサにガリア人やケルト人たちの部族間の確執を利用したらしいこと。そして、征服したのちはローマ式のインフラや産業、娯楽まで含めた文化一切を移入してガリア人たちを慰撫し統治していったことなどだ。それは近代の軍事力を背景にした帝国主義の植民地統治の手本となり、現代の経済帝国主義の手法にも通底していると思われる。
 現代人が歴史から学ぶこととして心しておかねばならないのは、そのローマ帝国も滅びたということだ。

 サン・ティアゴ・デ・コンポステラ巡礼路の起点二つを訪ねたことも印象深い。アルルもル・ピュイも今は聖地であると同時に観光地になっている。巡礼をする人たちも宗教的な動機だけではなくスポーツ的な感覚や自己を見つめなおす機会にといった理由で始める人が増えているという。巡礼を達成した時の感動は、別に神と出会うことだけではあるまい。このあたりはたくさんの人が四国遍路や熊野古道歩きに出かけるのと似ていると言えなくもない。
 フランスは「カトリックの長女」と呼ばれるほど国民の中に占めるカトリック信者が多い国だが、一方、若者のカトリック離れが急速に進んでいることも確かだ。これはフランスがライシテの国であることに起因するものなのかもしれない。カトリックに限らず若者たちは宗教そのものから距離を置くようになっているのではないかと思う。
 ライシテとは政教分離政策のことで、政治と特に学校教育の場で政教分離が徹底されている。その歴史は古いが、法的に確固としたものになったのは1905年第3共和政のもとで「政教分離法」が制定されてからである。そこでは、信教の自由を認めるとともに、いかなる宗教に対しても国家が公認、優遇、支援することはないと謳われている。それ以来公教育の場で宗教教育が行われることはなく、学校に宗教的なものを持ち込むこともタブー視されてきた。そのことが近年イスラーム教徒の女子学生のヒジャブ着用をめぐるごたごたにつながったともいえる。ニュースではヒジャブのことだけが取りざたされていたように思うが、例えば女子生徒が水泳の授業を受けなければ義務教育の過程が達成できないといったことも議会では論議されていた。こんなことはムスリム用の水着ブルキニを認めれば済む話のようにも思える。南仏のリゾートでブルキニの着用を禁止したところがあるが、イスラーム教徒への嫌がらせじゃないのか。ブルキニなんてフードのついたウェットスーツと見た目はそう変わらない。日焼けを嫌うムスリムじゃない若い女性にも人気があるというじゃないか。
 信教の自由と互いの信仰を尊重することは表裏一体のはずなのに、移民、難民の増加でヨーロッパで高まる一方のイスラーム教徒に対する警戒感がいろんな場面で軋轢を生んでるんじゃないかな。冒頭紹介したモンテーニュの言葉がまた頭をよぎる。「自分たちとは相反する習慣に対して警戒心を抱くという気質を自負している姿を見ると、恥ずかしくなる。彼らは村から一歩出るだけで、身の置きどころがなくなるのだ。そして、どこに行っても、自分たちの習慣にこだわって、異国の習慣を忌みきらう。(中略)それらはフランス式ではないのだから、野蛮に決まっているというわけだ。(中略)打ち解けることのない慎重さでもって、ぴったり身を包んで、見知らぬ土地の空気に感染しないように用心しながら、旅をする」。
 村を出ることを極端に恐れる視野の狭さの裏返しが、村に入ってくる異国のものに対する極端な警戒心というものなのだろう。16世紀の思想家のほうがよほど澄んだ目をしている。
原則論は互いに少し横に置いて、いい解決策を模索してほしいものだ。難民に冷たい日本もいつまでも無関係ではいられないと思うがね。