Ecole de français du Kansai -Traduction, Interprétariat, Guide-
ブルトンの農家民宿 グルヴァン湾岸のメガリス バルネネ古墳
はじめに
やっぱりフランス旅は
いきなり面白い
ブルトン
またはケルトの国
メガリス Megalithes
ブルターニュ公国の古都
小さな海 
―mor bihan―
メガリス研究発祥の地
地の果て Finistere
ブルトンの村・建築
ブルターニュの最深部
―フィニステール北岸―
谷の町モルレー Morlaix
パリに戻ってさらに考えてみた
 ブルターニュの最深部 ―フィニステール北岸―

ブルトンの農家民宿


 フランス最大の軍港都市ブレストのほぼ真北、フィニステール半島北岸の海辺にギセニー(
(Guisseny)という小さな村がある。一面の畑の中にぽつんと一軒の大きな農家があり、そこが今宵の宿ケラロレだ。この一軒だけでKeralloretという小字名みたいな地名がついている。「al」はフランス語の「le」または「la」 、「Loret」は人名かと思われるから「de」 に相当する単語は抜けているけどたぶん「ロレットの大きな家」という意味なんじゃないかな。
畑の中の小道をぐるぐる迷った挙句やっと狭い入り口から入って車を停めると、結構モダンな造りの母屋の周りに石造りの2階建ての離れが展開している。フロントで声をかけるとすごく大柄な女将さんが出てきた。名前を言うと予約帖をぱらぱらめくりながらプーッと唇を鳴らす。これは「そんなの知らないよー」とかいうときにフランス人がよくやるしぐさで「おいおいまたかい?」と少しムッとした。じつは我々が最初に予約を入れたのはこの家が近くの海岸でやっているもう一軒のオーベルジュの方で、そっちはシーズンオフで休みに入ったからこっちなら受けられるというメールがきたから、もちろんそうしてくれという返事もしたのである。で、そのメールの写しを見せたら「あー、そやったそやった」ですと。晩飯大丈夫かなあ。

離れに案内してもらうと、入り口に“Ti 何々”と札がかかっている。「これブルトン語?」と聞いてみたら「そう、Tiはメゾンという意味よ」と教えてくれた。そういえばフロントの横にくっつくように建てられた石造りの部屋でゆったりした肘掛け椅子に腰掛けたおじいさんがおもてを眺めていたのだが、この部屋には“Ti Tad-Kozh”という札がかかっていて後で調べたら tad は「父」Kozh は「年をとった」で「おじいさんの家」という意味だった。隠居部屋だな。ところがこのおじいさん楽隠居はさせてもらっていないみたいで、夕食のとき料理を運んだり、なんだかんだと女将さんに用事を言いつけられていた。とても物腰の柔らかいおじいさんで、動作がゆったりしている。テーブルに料理を並べて「ボナペチー」なんていうときの笑顔がなんともいえずかわいいのである。つれあいなどすっかりファンになってしまった。
料理は田舎の農家の家庭料理といった感じで、生ハムと野菜を主体にした前菜に鶏の半身をグリルにした主菜、大振りに切った田舎パン、デザートは数種のチーズの盛り合わせで、ロゼの半瓶をとった。びっくりするほどの旨さではなかったが、ほのぼのと心まで温まるような、この人たちの晩飯も同じなんじゃないかなと思わせる味だった。
フランス語、ブルトン語、英語で書かれた宿のパンフレットによると、150人くらいまでのパーティーもできるようで、そんなときには「Kig ha farz」 という伝統的なアルモリク料理を出すらしい。「Kig」 は肉で、「Farz」 がよくわからないがフランス語の「farce」だとすると詰物、「ha」 は「et」だ。でも写真を見ると子羊の骨付き腿とジャガイモを大鍋でごった煮にしたように見える。まるで中世の食卓を思わせるような大皿料理だ。一度食ってみたいなあ。
 部屋は間接照明を多用したモダン・アートな造りで、ベッドや家具もお洒落なものだ。バスルームも最新の設備で田舎とは思えない居心地のよさである。そんな部屋に重厚な木彫りの扉のついた年代物の衣装箪笥が置いてあるのもご愛嬌だろう。だけどここも安かったよー。なにかすっかり旅上手になったような気分で大満足だった。

 翌朝宿の周りを散歩してみるとものすごく広い敷地だということがわかった。母屋の裏手の林を抜けると小川を引き込んだ大きな池があって鴨とアヒルがたくさんいる。人の顔を見たとたんぎゃあぎゃあわめきながら池の隅に一目散で泳いでいったから風切羽を切られているんだろう。食用に飼われていることは間違いない。池の周囲に広い芝生が広がっていて何台ものキャンピングカーが停まっているのだが、それも宿泊施設として貸しているのだという。もちろん自前のキャンパーでやってくるバカンス客もいることだろう。納屋のような大きな建物をのぞくと、中はキャンパーたちの炊事場になっている。そこを抜けると広大な畑が広がっていた。

 一般にフランス女性は小柄なのだがここの女将さんはでかい。部屋に案内してもらうとき「荷物を運んであげる」と言われて重いバッグを素直に渡してしまったくらい逞しい。おじいさんは背中が丸くなっているのにこちとらの頭が肩までしか届かない。しゃんとしていたら2mはありそうだ。こういう人たちがケルトの末裔なのかな。宿の名前も部屋の札もブルトン語だし、おじいさんはきっと完璧なブルトン語話者なのだろう。チェックアウトして帰り際にブルトン語でさようならの意味の「ケナボー」と言ってみたら、こっちがびっくりするぐらい目を丸くして驚きかつ喜んでくれて、「あなた方はブルトン語まで勉強していてすばらしいわ。またぜひいらっしゃいね。」と心から言ってくれたのが嬉しかった。英語だけでもフランスを旅することができないではないが、フランス語の単語ひとつでも通じるとそこから大きく世界が広がる、といろんな人がよく言っているけれど、どの言語でも同じなんじゃないのかな。外国語を学ぶということはツールとしての役目はもちろんだが、それ以上に相手の文化や心を大切にする第一歩なのだと思う。