Ecole de français du Kansai -Traduction, Interprétariat, Guide-
Ⅰ. ガリア・ローマへ(2007)
はじめに
旅のはじめでいきなりつまずいた
地中海世界
ローマ属州
ガリア・ナルボネンシスの玄関 ―マルセイユからサン・レミへ―(1~3)
写真
天空の城と石の家
ラヴェンダー畑に建つセナンク修道院
ワイン街道をヴェゾンへ
オランジュ ―ローマが息づく街―
山上の砦
ユゼスからポン・デュ・ガール
ガリア・ナルボネンシス最初の植民都市
聖地への道の起点 ―サン・ジル―
ローマ、聖地、そしてゴッホ
港町マルセイユ
Ⅱ. 拡大するガリア・ローマ(2010)
Ⅲ. 三たびガリア・ローマへ(2016)
旅の終わりに
あとがき
ガリア・ナルボネンシス最初の植民都市

 そんなわけで子守に疲れ果てて、他の水道施設の遺跡やロマネスクの教会などニームNîmesまでの途中にある見どころは一切すっ飛ばさざるを得なくなった。薄暗くなってからニームに着いてホテルに行くと、どうもインターネット予約の最終段階の手続きがうまくいってなかったみたいで部屋はないと言われた。近くにある別のホテルがすぐに見つかったからよかったのだが、5階まで階段で上がらなければならなかった。この日はホテルから近いアウグストゥス門Porte Auguste の遺跡を見に行ってそのまま夕食を食べに行った。旅も一週間近くなるとフランス料理じゃないものが食べたくなる。モロッコ料理でもベトナム料理でもよかったのだがこの日は中華にした。汁ワンタンにラーメン、牛肉の串焼きと白身魚のドゥチー焼を注文した。どれもそこそこの味でまあ当たり外れがない。青島ビールもあってなんかほっとした。西洋料理に比べて軽くすませることができるのがいいところで、こういうものが食べたくなるのはそろそろ胃を休ませなさいよというサインなのだと思う。
 次の日は朝から精力的に遺跡を見て回った。ニームは属州ガリア・ナルボネンシス初期に築かれた植民都市で、コロニア・ネマウサと呼ばれていた。現在人口14万を数える都市だが、いたるところにローマの遺跡が残っていてすごいものだ。一番残りがいいのは1世紀に建造された円形闘技場アレンヌArènes で、観客席やその下のトンネル状の通路、最前列の大理石の壁に刻まれた広告文から客席足元の排水溝までほぼ完全な形で見ることができる。観客席下の通路で飲み物などを売っていた売店の跡の窪みに自販機が置いてあったのには笑った。ここでは日本語の音声ガイドも貸し出されていて、随所に展示されているイラストや写真と合わせるといろんなタイプの剣闘士のことや、ここで繰り広げられた戦いの様子などがよく理解できる。さらにここは、現在も夏には闘牛が催され、オペラやコンサートの会場としても使われている生きたアリーナだ。外周のフェンスには闘牛反対を訴える血なまぐさいポスターが何枚も張られていたな。
 紀元5年建造のメゾン・カレMaison Carrée という神殿も必見だ。外観はほぼ完全な形で建っていて、コリント様式の柱に囲まれた入り口部分の天井画は復元されたものだろうがとても美しい。入り口で赤青の眼鏡を渡されて中に入ると小さな映画館のようになっていて、ガリア・ローマ以前から現代にいたるニームの歴史を駆け足で描いた迫力ある3D映像を上映している。
 旧市街の北外れにあるカヴァリェの丘Colline de Cavalier のふもとにはディアナ神殿Temple de Diana 、丘に登る道の途中はローマ時代の墓地、頂上にはローマの城壁の一部だったマーニュ塔Tour Magune がある。塔には登ることができて、ニームの街を一望できる。
街の北はずれ、ニーム大学の西側に集配水施設の遺跡Castellum Aquaeがある。ここがユゼス近郊からポン・デュ・ガールを通ってくる水道の終点だ。面積も狭く崩れた石積みがあるだけの一見ぱっとしない遺跡だが、よく見るとすごい施設だということが分かる。円形の石積みの水槽に水路からの水が注ぐようになっていて、下手には扇状に開いた6本の水道管を据えた基礎の部分がある。博物館に直径30㎝はあろうかという鉛の水道管が展示されていたが、それがぴったりはまるサイズの穴があけられている。この施設は街の一番高い位置にあり、ここから街じゅうに水を配っていたことがよく理解できる。
 カヴァリエの丘の中腹にあるニームの考古学博物館も充実している。石棺や剣闘士たちの墓碑のコレクションは実に見ものだし、貨幣の展示もすごい数だ。もちろん水道に関する展示も豊富で、植民都市におけるインフラ整備にかけたローマ人の情熱がただごとではなかったことが伝わってくる。
 ニームでは旧市街の散策も楽しい。裏通りをぶらついていると17世紀ごろの住宅に囲まれた小さな広場がいきなり現れたりして驚かされる。そんな広場では、もとはローマ水道から水が引かれていたであろう泉水の周りが地元の人だけが集う小さなカフェテラスになっていたりして、観光地にありながら本当の意味で一息つける場所になっているのがうれしい。