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岬の料亭旅館
ロクマリアケでの宿は、ほんとに小さな入り江に面したルレ・ド・ケルパンイルRelais de Kerpenhirという小さなオーベルジュだった。Relaisはフランス語で宿駅、旅館といった意味だから「ケルパンイル岬の旅館」なんだろう。kerpenhirはもちろんブルトン語で、分解するとker(村)pen(頭)hir(長い)だがpenはおかしな単語で、元来先端とか末端の意味があり、頭と反対の末端である足の意味に使われることもある。だからこの場合「長頭村」か「足長村」かは不明である。素直に「長く突き出た先端の村」という意味に取るのが正解かもしれない。なにかアイヌ語地名を読み解いているようで楽しくなる。
泊り客は数組だったが、夕食をとりに階下の食堂へ降りてみると、外からの食事客が続々とやってきて見る間に満席になってしまった。人気にたがわず、土地の食材を上手に使った料理は旨かったなあ。突き出しは名産の生牡蠣、前菜には茹でたランゴスティーニのマヨネーズ添えにホタテやなんかのパテと生ハムの盛り合わせ、主菜は仔羊のロティとサーロインステーキをチョイスした。ワインはブルゴーニュの白の半瓶を取って、デザートの甘いものまでしっかり食べたものだから満腹になってしまった。
部屋もバスつきで悪くなかったし、これで一泊二食二人合わせて101ユーロだよ。安いじゃないか。
翌朝宿の近くを散歩していたら、別荘のような民家の塀に小枝を束ねたものが並んでいて、日本の柴垣とまったく同じようなのでびっくりした。潮の引いた入り江でこぶしぐらいの蟹を見つけてちょろちょろ歩かして遊んでいたら、同じように散歩で通りかかった優雅な老夫婦の旦那が「いいもの捕まえたねえ、それ旨いんだよ」と言って通り過ぎた。なんだか心和む土地柄だなあ。
ちなみにその日の昼食はロクマリアケの港に面したDes Ilesというクレープリーで食べた。この旅ではじめての蕎麦粉のクレープ、ガレットだ。前菜にムール・フリット、それにハムと卵、チーズと卵のガレットをそれぞれ頼み、お決まりどおりシードルとともに味わった。サクサクに薄く焼いた塩味のガレットに具を包み込むようにたたんであってとても美味しかったが、シードルの旨さにも驚嘆した。薄黄金色のよく冷えたシードルがカンペール焼のペシェに入っていて、同じ柄の紅茶茶碗のようなカップで飲むのが約束事らしい。調子に乗ってブルトンビールも頼んでみたのだが、これがまた旨いじゃないか。Duchasse Anne(アンヌ女公)というモルビアン県の地ビールで、うっすら濁りの入ったブロンド、度数は6.5%だがやわらかい味だ。ムール貝は殻は小粒だが身の肥えたものをどんぶり一杯のワイン蒸しにしてあり、山盛りのフライドポテトが添えてある。殻をピンセットのように使って食べていたら向こうの席の男がにやりと笑って親指を立てて見せた。「ムールの食い方を知ってるね」という意味にとれたのでこっちも親指を立ててやった。
われわれは表の日よけの下で食事していたのだが、その最中いきなり2階のテラス席からナイフとフォークが降ってきた。当たりはしなかったものの、おいおいと上を見たら、太ったおやじがごめんとも言わずに笑ってやがる。まったく無礼なやつだ。心配げな顔をしている女房らしいおばさんに「なあーんも問題ねえよ」と英語で言ったような気がしたので無教養なアメリカ人観光客に違いないと決め付けて相手にしないことにした。
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