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大地母神
集団の維持のための共通の神。それが後のケルト世界ではアナ、ダナ、ドーンなどと呼ばれるようになった大地母神だ。最も古くその名が記録されているのはシュメールの大地母神イナンナだろう。人類最古の文明のひとつとされるシュメールの都市ウルクには、大規模なイナンナの神殿があったことが知られている。
この女神は、農耕社会で生まれた豊穣、多産の神とされるが、農耕以前の狩猟、漁労、採集を主とした社会でも豊穣、多産は人の願うところだったに違いない。その本質は土地の所有者であり主権者だ。断っておくが土地の支配者ではない。恵みをもたらすこの女神の起源は旧石器時代までさかのぼるだろうと考えている。
一定程度性格の変容はあったに違いないが、旧石器時代の角杯を持つヴィーナスと同じモチーフの女神がケルトの彫像にもあらわされており、その場合横に男神が描かれている。こういった男女2体の神は後のガリア・ローマにも継承される。この場合男神はローマの神だが女神は当然ローマの神ではない。これは土地の所有者である大地母神とローマの神が契約を結ぶことによってガリアの支配権を獲得したことを示しているのだ。
同様のことはケルト神話や説話にも頻繁に登場するのだが、それはしばしば土地の女神と性的関係を結ぶことによってその土地の支配権を得ると言った形で語られる。たとえば、アイルランドに伝わるニール王朝の起源説話では、長い旅をしてきた兄弟がやっと見つけた泉の水を飲もうとしたところ、おそろしく醜い老婆が現れて自分にキスすれば水を分けてやると言う。他の兄弟は即座に拒否したのだがニールという若者だけが老婆にキスし、床を共にすることまで承諾した。すると老婆はたちまち美しい娘に変身し、「あなたこそこの国の正統な王である」と宣言する。若者はアイルランドの王となり国は長く栄えたというふうに語られる。先に述べたガリア・ローマの男女神像もローマ人が作ったのかローマ化したケルト人が作ったのかはわからないが、ローマですら強大な軍事力を背景にした征服者ではなく対等な大きさに表現されているところに地母神崇拝の大きな意味が隠されているのだと思う。
その意味するところは、いかに征服者といえども現代ではない古い時代のことだ。その土地のやり方、風土、水、人、あらゆるものに溶け込まなくては生きてはいけなかっただろうということだ。
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