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黒い聖母と岩山の礼拝堂
翌日ローヌ川を離れて国道88号線を南西のオーベルニュAuvergne に向かい、ル・ピュイ・アン・ヴレLe Pui-en-Velai を目指した。ル・ピュイの道はフランスのサン・ティアゴ・デ・コンポステラ巡礼路の中で一番険しく、それゆえに最も人気のある道といってよい。アルデッシュ山地Monts d’Ardèche の西側、フランスでは珍しい単性火山密集地帯にあるその小さな町は黒い聖母を戴く聖地として毎年多くの巡礼者たちを送り出している。この道の途中にはエスパリオンEspalion 、コンクConques 、ロカマドゥールRocamadour 、カオールCahors 、モワサックMoissac などの聖地が目白押しだ。しかし、ル・ピュイを出発してすぐ、中央山地北側のオーブラック地方Aubrac にはかつてジェヴォードンの森Forêt de Gévaudan という深く暗い森林が広がっていて、凶暴なイノシシやジェヴォードンの怪物と恐れられた大型のオオカミに加えて山賊も跳梁していたという。現代ではそういった危険はなくなったが、1,000mを超える高地を延々と横断しなくてはならない厳しさはそのままだ。
まずは町の北はずれにあるサン・ミッシェル・デギュウィユ礼拝堂Chapel Saint Michel d’Aiguihe を訪ねた。この礼拝堂は玄武岩と凝灰岩の巨大な岩塊の頂上に建てられているのだが、この岩山も単性火山の一つである。駐車場から見上げると全面急な崖で、どうやって登るんだ?というような景観だ。岩塊を巻くような狭い石段は本当に急で、休み休み登ったのだがたどり着いたときは息が上がってしまった。岩山の頂上は狭く、礼拝堂も地形に制約された小さなものだが、付近で採れる黒い玄武岩と白っぽい石灰岩の切り石を交互に組み合わせたロマネスク様式で、狭い範囲に礼拝室、身廊、回廊まで備わっている。礼拝堂を支える柱は玄武岩の岩盤から削り出したもので建築の苦労は並大抵のものではなかっただろう。内部の壁や天井に残るフレスコ画が素晴らしい。
この岩山から町を見渡すと、南東の方角にもう一つコルネイユ岩塊Rocher Corneille という岩山があり、その頂上に巨大な赤銅色の聖母像が立っている。フランスの聖母Notre-Dame de France と呼ばれるこの像は、1855年に事実上終結したクリミア戦争の戦利品としてロシアから奪った213門の銅製の大砲を1856年にナポレオン3世から下賜され、それを溶かして作られたものだ。 |