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黒い聖母と岩山の礼拝堂 3
次の日訪ねた町の中心にあるノートルダム・デュ・ピュイ大聖堂Cathédral Notre-Dame du Pui が巡礼の起点だ。正面観は色の違う石材を交互に組み合わせていてビザンツ様式のようにも見える。後世修築の手がかなり入っているのだろう。創建は10世紀と伝えるロマネスク建築のサン・ジャン礼拝堂Baptistere
Saint-Jean で、全体の建築に組み込まれてよく残っている。
内陣の祭壇に東方から伝わったという黒い聖母が祭られているが、フランス革命のときに焼失した元の像を19世紀になってから模作したものだという。ギョロ目をむいた丸顔は以前ロカマドゥールで出会った黒い聖母とは大違いでまるで感動がない。聖遺物室に飾られているもう一体の聖母子像のほうがプリミティブに思えた。
内陣の隅に「熱病の石」という長方形の黒い板石が祀られている。熱病患者をこの石の上に寝かせると治癒したという伝説が伝わっているのだが、こういった信仰はケルトの文化に根差すものだというから面白い。
ここゆかりの品を展示してあるコーナーに、黄ばんでところどころ縁も破れた1通の手紙がある。ナポレオン3世の文化財管理官だったプロスペ・メリメがこの大聖堂とサン・ミッシェル・デギュウィユ礼拝堂の修復の必要性を訴えた手紙だ。それにしても非常に美しい筆記体で、昔の人のほうが字がうまいというのは洋の東西を問わないんだな。
この大聖堂では、サン・ティアゴ・デ・コンポステラ巡礼に出発する人たちのためのミサが毎朝執り行われているのだが、我々が訪れた午後には森閑としていた。
もう一つ、この町の名産にレース編がある。型紙の穴に刺したピンとボビンに巻いた糸で複雑な模様を編み上げるボビンレースというものだが、極細の綿糸を使っていて恐ろしく手間のかかるしろものだ。小さなものでも高価である。大聖堂から少し下った小さな店では若いマダムが実演もしていて、あれこれ話を聞きながらちょっと大きめのテーブルセンターを奮発した。
この日、出発前の昼食は町なかのレストランでオーブラック牛のステーキを食べた。オーブラック牛はAOP取得ではないが、それに次ぐ国の品質保証票である「赤ラベルLabel Rouge 」を取得したいわゆるブランド牛である。フランスらしい赤身の熟成肉で、見た目は堅そうだが上手に熟成したものは噛み応えはあるものの柔らかく、熟成香というのか脂身の甘い香りも相まって軽く塩コショウしただけなのに肉の旨味を存分に味わえる。じつにうまい肉で大満足だった。 |