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岩壁の聖地
ロカマドゥール Rocmadour
カオールから50㎞ほど北上するとペイラックという村があり、そこを東に折れて、ドルドーニュ川の支流アルズー渓谷沿いの県道に入る。道は舗装されていて走りやすいが、つづら折れの山道で、はるか谷底を流れるアルズー川は伏流水化していて普段谷底に水はない。そんな道をたどって幾つ目かのカーブを曲がったとたん、連れ合いと二人「なんじゃ、ありゃー!」と声を上げてしまった。切り立った石灰岩の崖面に村がへばりついている。文字どおりへばりついている。まるで崖の岩を削りだしたように見える石造の建造物、その下にごちゃごちゃとたかっているような門前町の家並みは、見事としか言いようがない。ロカマドゥールは「フランスで最も人が集まる聖地」と言われる。ここはル・ピュイの道の脇街道上に位置するのだが、ロカマドゥールの存在がサン・ティアゴ・デ・コンポステラの巡礼道の中で最も重要な脇街道という尊称をこの道に与えている。
後になってこのロカマドゥールの景観をあらわすオック語のことわざがあることを知った。“Lous oustals sul riou, las gleisas
sus oustals, lous rocs sus las gleisas lou castel sul roc ”「家は小川の上、教会は家の上、岩壁は教会の上、城は岩壁の上」
聖地ロカマドゥールへの入り口は一度谷底まで降りる。一般駐車場はこの谷底にあって、ここからホテルまで重い荷物を持って登って行くのかと一瞬たじろいだが、係員に聞くとホテルまでは車で行けるということでほっとした。狭い道を登っていくと小さな石の門がある。あまりに狭いので行こうか行くまいか迷っていたら、近所の人が大丈夫だから行け行けと言う。車幅ぎりぎりの門をくぐると、門前町は一本道で目的のテルミニュス・デ・ペルランTerminus
des Pelerins (巡礼者の終着駅)というホテルはすぐ見つかった。ホテルは聖域に登っていく石段の目の前で、幸運なことに駐車スペースもある。
やれやれと荷物を降ろしてチェックインしようとしたら、周りのホテルや商店は皆営業しているのにこのホテルだけ閉まっている。呼び鈴を押しても返事はないし、電気も消えている。前回カルナックで予約していたホテルが閉まっていたことを思い出して少々不安になってきた。近くにいた人に聞くと、「今そこにゃだれもいないよ」といわれてクラクラッとしたが、「娘を学校に迎えに行ってるんだろ、そのうち帰ってくるさ」ということで、待つことしばし、やっとチェックインして一息ついた。このホテルの若い亭主、連れ合いが「予約してたんですけど」と言っても「あー予約なんかしてなくても部屋はあるから大丈夫」と全然人の話を聞いてない。そのうえ、「レストランの営業は明日からだから夕食は外で食べてきてね」だと。どうも当日の客はわれわれ一組だけだったらしいが、愛想のないことおびただしい。よく朝、朝食のときは女将さんが出てきて、こちらはまずまず愛嬌があったが、このホテルで出会ったのはこの二人だけで、まことにあっさりしたものだった。それはそれで居心地は悪くなかったのだが、ホテルの名前からしてたくさんの巡礼者たちが集う伝統的な巡礼宿を想像していただけにちょっと期待を裏切られた。連れ合いはフランス語の実地会話ができない不満は残っただろうと思う。
ガイドブックによれば、門前町は多くの巡礼者たちでごった返しているというふれこみだったのでいろんな人生との出会いに期待していたのだが、巡礼にもシーズンがあるんだな。
夕食は近くのボー・シトBeau Siteというホテルのレストランでとった。聖域の歴史的重みに圧倒されたのと運転疲れでぼんやりしていたものだから、食いしん坊としては恥ずかしながら食事の内容をあまり覚えていない。印象に残っているのは、付け合せの野菜のコンポートが赤く染まっていて不思議な香りがしたので、何のソースか尋ねたところザクロだという答えで珍しく感じたことと、ビールがフランス製ではなくレーベンブロイだったことぐらいである。
面白かったのは、奥のテーブルで長々食事していた中年フランス人の集団で、食事の間も食後も片時もやむことなくおしゃべりしていた。「ようしゃべる奴らやなあ」と連れ合いに振ってみたら、「朝ごはんの話の後に昼ごはんの話をして、そのあと晩ごはんの話からどこかで食べたおいしいもの自慢。2時間食べ物の話しかしてない。」だとさ。
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