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壁画洞穴と岩陰遺跡
ドルドーニュ川の支流であるヴェゼール川とブーヌ川Beuneの渓谷には、たくさんの壁画洞穴と岩陰遺跡が集中している。多くはクロマニョン人の残したものであるが、ミコックMicoqueやル・ムスティエle Moustierのようにネアンデルタール人の遺跡もあり、旧人と新人の世代交代がおこった地域でもある。すべての遺跡が学史上重要であり、旧石器のインダストリーにその名を冠した遺跡も少なくない。
壁画のある洞穴は現在公開を停止しているところもあるが、それでも有名どころはたいていガイドの説明つきで見ることができる。料金は1か所あたり5ユーロ前後だ。今回の旅では、コンバレル洞穴、les
Combarelles、フォン・ド・ゴーム洞穴Font de Gaume、ソン・マンモス洞穴Grotte des Cent Mmmothsと三つの洞穴を訪ねた。
それぞれの洞穴で時期差もあるが、コンバレルは線刻の大振りな表現で馬やオオツノシカなどが描かれており、フォン・ド・ゴームでは黒を基調とした線描でバイソン、馬、鹿などを表現している。
圧巻だったのはレゼジーの中心から少し離れたルーフィニャックRouffignacにあるソン・マンモスで、洞内を電動のトロッコで巡るのだが、「百のマンモス」の名のとおり、いたるところにマンモスの群れが黒一色で描かれている。他にも厚毛サイやバイソンなどヨーロッパでは早くに絶滅してしまった動物が生き生きと描かれていて、それらが石灰華に覆われることもなく鮮やかに残っている。たぶん水脈が完全に途絶えた乾いた洞穴だったからだろうが、本当に旧石器時代のものだろうかと疑いたくなるような奇跡的といっていい保存状態だ。最奥部の天井には実大の馬や鹿が線刻と黒い線を織り交ぜて描かれている。当時の床面と天井の間は70㎝ほどしかなかったことがわかっており、小さな獣脂ランプの明かりを頼りに仰向けに寝転んでの窮屈な作業だったと思うが、細部まできちんとした比率できわめて写実的に描かれていることに驚かされた。
ソン・マンモスでもうひとつ気付かされたのは、洞穴の壁面のいたるところから周囲の石灰岩と色の違うすべすべしたこぶのようなものが突き出ているのだが、それがフリント(シレックス)の原石だった。フリントは表面に「皮」のような水和層がある。これは地上に露出したあとに形成されるものだと思い込んでいたのだが、石灰岩の中に埋まっている状態のときにすでに形成されていることを始めて知った。
他にもいくつか見たい洞穴はあったのだが、ちょっとしたトラブルで今回は見逃してしまった。見に行けたところは季節的にオフということもあって大体スムーズに入れたが、一日の見学者数を30人とか50人に制限しているところが少なくない。見学者が入ることによってカビやコケの発生があちこちで見られるし、呼気の炭酸ガスによる影響で方解石が生成され、壁画を覆ってしまうといったラスコーと同様の問題が起きてきているのも事実だ。早晩本物の壁画を見られなくなる日が来るだろうと予感させられた。
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