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ブドウ畑の中のいい宿
シャトー・ヌフからさらにローヌ川を130㎞ほど遡り、トゥルノン・シュル・ローヌTournon-sur-Rhone という花のあふれる小さな村に着いた。この村はローヌ川が東へ大きく蛇行する右岸にあり、対岸は北部ローヌの名醸地タン・レルミタージュTain l’Hermitage だ。川岸の岩山に16世紀のシャトーの廃墟があり、そのふもと、川に面してオテル・ル・シャトーHotel le Château というホテルがある。このホテル、エルミタージュに寄りたいと思ってその周辺のホテルをインターネットで探していたときに、ホームページでレストランに特別力を入れていることを知って予約したものだ。この選択は正解だった。
外壁が蔦で覆われた古い建物で、ホテルの入り口がレストランの入り口も兼ねている。階段の下に巨大な犬がいた。けっこう年を取っているようでおとなしい。大きな犬だねってフロントにいた親父に言ったらAkitaだという答えで、なるほどなじみのある顔だと思ったのだが秋田犬にしてもやたらでかい。なにを食わしてるんだろう。
このホテルは、ワイン生産地にある特色のあるホテルやレストランで構成された「ブドウ畑の中のシャトー、伝統的屋敷と優れた宿Châteaux ,
Demeures de tradition et Grandes etapes des Vignobles 」という運動に参加している。加盟している施設の大半はフランスにあるが、ベルギー、ルクセンブルグ、スイス、イタリア、ドイツからも参加施設がある。「フランスの最も美しい村」ほどメジャーになってはいないが、地域の特性を生かしたいい取り組みだと思う。
ここのレストランは伝統的なしかもグルマン向きのフランス料理が売りだ。よほど腹を空かせて挑まなければ。
前菜はスモークサーモンと生ガキ、メインは二人ともアントルコートを選んで、ソースを別のものにした。つれあいの分は目の前でゴルゴンゾーラソースをからめて仕上げるのだが、見るからに重そうだ。こちとらのは塩コショウだけと言ったのだが、ニンニクを効かしたバタークリームソースを少しだけ添えてあってこれが悪くなかった。肉はどちらも250gはある。さらに乗っている野菜の付け合わせと別に大きなグラタン・ドーフィノワが一つずつ添えられていて、その時点でこりゃ食いきれそうにないなという気がした。グラタン・ドーフィノワはスライスしたジャガイモを牛乳で煮て塩、ナツメグで味を調えたものにおろしたグリュイエールチーズをたっぷり乗せてオーブンで焼いたものだ。プロヴァンス・アルプ・コートダジュールとオーベルニュ・ローヌ・アルプの一部にまたがるドーフィネ地方の郷土料理で肉料理の付け合わせにぴったりだが、ここのは付け合わせの大きさじゃない。だが味はどれも文句なしだ。満腹になって最後にフロマージュ・ブラン・フレが出てきたからこれがデザートだと思っていたら、こいつはほんの口直しでそのあとチーズのワゴンとデザートのワゴンがやってきてのけぞりそうだった。こちとらは甘いものは断って一番小さなロカマドゥールという白カビチーズとハードタイプのチーズを少しだけにしたが、切り分けてくれるウエイターが大きなチーズの塊にあてたナイフの刃を「もっと薄く、もっと薄く」と指示したもんだから笑われてしまった。つれあいもフランボワーズとブルーベリーのタルトをほんのひとかけらずつにしたものだから、「こちらも当ホテル自慢でお勧めございますよ。」と別のまで押し付けられて天を仰いでた。いやはや、フランス人の胃袋は恐るべきものだ。
肉に合わせたのは当然エルミタージュの赤だったが、黒かと思うほど濃い赤紫色で、焦げたような樽香に甘苦いタンニンと淡い酸味のバランスがとてもよかった。
エルミタージュはこのホテルの対岸のタン・レルミタージュとその北側のクロズ・エルミタージュClozes Hermitage で造られており、生産量のほとんどが赤である。使われる品種はほぼシラーのみで、長熟タイプが多いローヌの赤の中でも特に長命であることで知られる。一般に5年から10年で飲み頃になるのがローヌワインだが、エルミタージュではそれが10年から20年だというからすごい。
あとはリヨンの空港に戻るだけだ。途中で再度サン・ロマン・アン・ガルの博物館に立ち寄ったが、「ローマの港湾都市」のところにまとめておいた。 |