Ecole de français du Kansai -Traduction, Interprétariat, Guide-
①薔薇色の町 ②サン・セルナン広場の蚤の市  ③サン・セルナンバシリカ ④ジャコバン修道院Les Jacobins
④サン・テティエンヌ大聖堂Cathedrale St-Etienne ⑤オーギュスタン博物館Musée des Augustin
⑥ミディ運河
 ⑦ポン・ヌフを見たら海鮮だ ⑧マルシェ ―土曜日の市場は男の社交場―
はじめに
トゥルーズToulouse

カルカッソンヌCarcassonne

ロカマドゥールRocamadourと
ロスピタレL’Hospitalet
スーイヤックSouillac
クロマニョン人の故地
あとがき―パリにて―
附:この旅で訪れた世界遺産
マルシェ ―土曜日の市場は男の社交場―

トゥルーズの市場は旧市街の東のはずれ、ヴィクトル・ユーゴー広場Place Victor Hugoにある体育館のような外観の屋内市場で、2階には海鮮レストランなどもある。フランスを離れる前日に訪れた。
外回りの軒下には野菜や果物の店が屋台を連ねている。日本でもおなじみの野菜も多いが、うんと太短いきゅうりや、加茂ナスの皮を白くして40センチぐらいに巨大化したようなナスなど見たこともない野菜もあった。今回の旅ではフランスの野菜のうまさに大いに驚かされたのだが、なるほど種類が豊富で新鮮なものを大量に扱っている店ばかりだ。
内部は結構広いが、店の種類は限られていて、肉屋、魚屋、ハム・ソーセージ屋、チーズ屋、総菜屋、酒屋が数軒ずつある。魚屋には、タイ、チヌ、ボラ、イワシ、アジなど見慣れた魚と名も知らない魚が混在している。切身も売っているが大抵ぶつ切りで芸がないことおびただしい。ただ、サーモンだけはきれいに三枚におろされていて特別扱いされていることがわかる。鮮魚だけでなく塩漬けや棒ダラそっくりの干物などもある。面白いのは、台の上に並べられた小魚類がみな反りくり返っていることだ。わざわざ曲げて氷とともにトロ箱に詰めて運んでくるのだろうが、死後硬直が解けていないくらい新鮮ですよということを強調しているのだと思う。
肉屋は、牛肉屋、豚肉屋、その他の肉屋と分かれているようだが、どの店にも薄切り肉というものがない。牛でも豚でも羊でも、各部位が塊で置いてあり、客は指で厚みを指示して買っていく。モツもたいがいの部分がある。冷凍肉もあることはあるが、ほとんどの客は生のものを求めていくようだ。
鶏や鴨などの鳥類に混じってウサギを売っていた。皮むきだが頭はついたままで、ずらりと並んだ澄んだきれいな目がこっちを見ていて一瞬ギョッとなる。本当に生きているような目で鮮度のよさを証明しているが、日本人が魚屋で目やえらを見て選ぶのと同じ考え方なのだろうと納得する。
ハム・ソーセージの店は見ただけでも興奮する。イタリアのパルマやスペインのハモン・シェラノ、フランスが誇るバイヨンヌやコルス(コルシカ)などの生ハムの太い腿とおびただしい種類のドライソーセージが何十本となく店先にぶら下がっているさまは壮観である。カビのつき具合も切り口の赤やピンクも様々、冷蔵ケースの中には柔らかいハムや生のソーセージ、ベーコンなどが山のように並んでいて、値段もピンからキリまである。
片っ端から一枚切ってくれと言いたくなる衝動を抑えるのに一苦労しながら、常温でもこれ以上変質のしようがなさそうなカビだらけのサラミを2種類、20㎝ぐらいずつ買った。なにしろフランスの肉類は日本に持ち込めないことになっているから、もし税関で見咎められたらその場で食ってしまえるぐらいの量で我慢したのだよ。

この旅でどうしても買いたかったのはチーズである。家にいる間に書物で少しチーズのことを予習していたのだが、フランス南西部の石灰岩洞窟が低温多湿というチーズの熟成に最適の環境であること、牛乳や羊乳より個性が強くなるという山羊乳のチーズがたくさん作られていることを知った。「強い香りと舌を刺す味」だとか「切ると中身が流れ出す」などという言葉と、おぞましいばかりにカビのついたカラー写真が、日本での入手困難とあいまって、オックの国の山羊のチーズはほとんど憧れと化していたのである。
チーズ屋の店先にはそれこそいろんな種類のチーズが並んでいる。熟成段階の違うものや、巨大な塊を切り分けたもの、うんと小さなものもある。実はこのとき連れ合いとはぐれてしまい、チーズの名前と数だけしか言えなくて、「もっと熟成の進んだもの」とか「珍しいのはないか」なんていうこまかな注文ができなかった。後で聞くと、「あんたのつたないフランス語で買い物ができるかどうか放っておいた」らしい。ふんっ、食いしん坊をなめたらあかんよ。匂いを嗅がしてもらったり、味見をさせてもらったりしながら結局2軒のチーズ屋を回って、ロカマドゥール、サン・マルスラン、コルシカのブルー、世界最小のチーズと呼ばれるアペロビック、春だけ作られるモン・ドールなどを買い求めた。これを見て連れ合い、「ちゃんと買えたんや、腹立つ。」とぬかしおった。
マルシェの仕上げは、酒屋に寄ってオー・ド・ヴィー・ド・マールeau de vie de marcを一本仕入れた。マールは葡萄の搾りかすのことで、果汁を搾ったあとの皮や果肉を発酵、蒸留した無色透明のスピリッツである。樽で寝かせていないから、できのいい兄とも言うべきブランデーとはまったく異なるいがらっぽいような土臭いような風味で、まさに粕取り焼酎である。度数表示はないが、50度ぐらいありそうだ。焼酎と馬鹿にするなかれ、同じ棚に並んでいたアルマニャックの15年ものより高かったのには驚いたなあ。

さて、市場の中を歩いていると、若いのからじいさんまで、大きな買い物かごを提げた男たちがやたらと目に付く。おばちゃんよりはるかに多いので、買い物が基本的には男の仕事なのだとわかる。市場の中には3軒ほどの酒屋があって、カウンターで立ち飲みできるようになっているのは日本の酒屋と同じである。朝からひとわたり買い物をすませたおやじたちが、カウンターにもたれてうだ話をしながら一杯やっている姿は、なんだかわびしく見えそうなものだが、どうしてどうして、本人たちはやたらと明るい。くどいようだが、決して買い物に回っている奥方を待っているのではない。買い物の主体はおやじたちなのだ。つまり、土曜の午前中のマルシェは庶民の男たちの社交場なのだよ。
この日は何かのイベントだったらしく、巨大オムレツを作っていたり、老人ジャズバンドの生演奏があったりしたのだが、若いイタリア系のカップルが踊り狂っている横で、一杯きこしめした鼻の赤いおやじも踊りだしたりして、南仏人の朗らかさがよくわかった。